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〜 その5:退院後の静養の様子 〜
【5月31日(手術後12日目)、久しぶりの我が家。】
「あ〜、やっぱり我が家が落ち着くなあ〜」

さて、職場復帰までは家でゆっくり一人でいようと思っていました。
ところが、入院中にお見舞いに来て下さった足友さんが、「退院後、実家でしばらく静養したんですよ。」といわれたのをお聞きして、「ああ、それもいいかなあ。」と思い、実家に電話して相談。
幸い、弟が大阪に出張で来るというので、帰りに寄ってもらい、車で和歌山の実家まで連れて帰ってもらうことになりました。

【6月1日(木) 手術後13日目】
家に帰る前に、ケアーマネージャーの方が家に来て、ケアープランをたててくれました。
私の場合は、介護保険で「要介護1」の判定が下りていたので、(現在は、そうではありませんので、ご注意を)ホームヘルパーさんが来てくれることになっていました。
平成18年の4月に法規が改正されたので、今なら「要支援」だと思いますが、申請したのが3月だったので、「要介護」の認定が下りていました。
後日、この介護保険によるホームヘルパーさんは、私にとって、自立のために、本当にありがたいものでした。掃除、お風呂掃除、布団干し、片付け、買い物、役所などへの手続き等々、いろいろサポートしていただきました。
そのお影で、自分でも足を慣らしながら自立していくことが出来ました。

この日の夕方、弟が迎えに来てくれ、和歌山の実家に帰りました。実家では母が首を長くして待ってくれていました。
弟夫婦の家は実家と100メートル位離れたところにあります。
母は一人暮らしなので夜だけ弟夫婦の家にいき寝ています。私も昼間は母の家で、夜は弟の家で生活する10日間がスタートしました。
夜、お風呂は母の家で入り、さあ、寝るために弟の家に行こうと思いました。
弟の家は普通なら5分もかからない距離です。
歩き始めてびっくり!
左に杖をつき、ゆっくりゆっくり歩き始めましたが、弟の家になかなか着かない。着かないどころか、10メートル位歩いては一休み。
足が痛い。左脇腹が痛い。左背中が痛い。
弟の家は見えている。でも、遠い。道はでこぼこだし、傾斜がある。
夜で暗い。恐る恐る、ゆっくりゆっくり、歩いては休みしながら、ようやく着いたときは、こんな日がどれだけ続くのか本当に不安になりました。
弟の家に着いてからも一苦労。
まず、玄関の50センチほどの高さが上がれない。
玄関で大声で姪を呼んで手を持ってもらい、ようやく上がり、それから2階への階段。手すりがないので、一段一段、手をついて足を揃えながら上がり、時間のかかること。
姪がそばで見ていてくれる中、わずか10段の階段のこれも高いハードルでした。
病院と普通の家との違いを身にしみて感じた第一夜でした。

【6月2日(金) 手術後14日目〜6月10日(土) 術後22日まで(実家)】
1.術後の様子
退院時、病院の薬剤師さんが座薬を2週間分出してくれました。
「痛いときは使ってください。」と言うことだったので、痛みによっては座薬のお世話になりました。
足の腫れはすぐにはひかず、前半はアイスノンで傷口を冷やしました。
実家と弟の家の間を歩くのがリハビリになりました。が、前述のようなしんどい歩き方がかなり続きました。
その結果、右膝が痛くなったり、右足首が痛くなり、鼠警部が痛くなり、左脇腹が痛くなり・・・と転々としながら、過ごしました。
でも日がたつにつれて、右足を軸にして方向転換が出来るようになってきたし、洋式トイレに座っても臀部の痛みが軽くなって来ました。
実家と弟の家の間を一回も休まず歩けたときは嬉しかったです。
実家では、上げ膳据え膳でしたが、少しずつ台所仕事も出来るようにはなってきました。
でも、思いっきり母親には甘えてしまいました。母も最初の頃は、私が心配で、一生懸命世話をしてくれましたが、そのうち、母の方がしんどくなってきたので、これはいけないと自宅に帰りました。

2.筋トレ
石部先生より筋トレをしっかりするように言われていたので、錘と自転車こぎ器を持って帰りました。
ところが切り口の傷が痛いので、錘を付けての足上げや横上げは、筋力がないので出来ません。
石部先生にその旨を報告したら、「痛みがあるときは、錘を付けずにしてください。
等尺運動はしっかりしてください。」ということだったので、その後は錘なしでやっていました。
結局、1ヶ月検診まで錘なしでやってしまいその結果は・・・1ヶ月検診で車の運転不合格ということになってしまいました。(T_T)
自転車こぎは、毎回15分は続けました。

【6月10日(土) 再び弟に車で大阪まで送ってもらいました。】
自宅での10日間は、私にとっては心の癒し・精神的な自立になりました。
自宅に帰り、さて、職場復帰は何時にしようと悩みましたが、一人で家にいても仕方がないし、少しずつ慣らしていかなければと思い、翌週の月曜日から行くことにしました。
その職場復帰の電車通勤が、またまた次の大きなハードルでした。





次は 〜その6:苦難の職場復帰の巻〜